昨日は随分と懐かしいタイトルについて、多くの記事やsnsを読みました。
50周年を記念して、10月6日は特別な日という事だそうです。当然、50年前は特に記録に残るような認識は誰にも無かったでしょう。
しかし幾つもの必然と偶然を積み重ねながら特別な日として記録さる事になったと認識しています。
私の記憶としては、これより数年前に八百屋さんの二階を事務所として活用し、多くの天才達が集まり、熱く語り合いながら大きな歴史を作っていく躍動的な日々が続いていたというような記事を40年ほど前に読んだ覚えがずっと生き続いています。
その後、数々の事件とトラブルを起こし、残念ながらひとつに集った天才達は多くの禍根を抱えながら分断していきました。
良くも悪くも最も代表し永遠に残るのは西崎義展という名前です。
直接的な面識はありませんが、31年前、彼に接触しようとして幾つか試みましたが叶いませんでした。若くて苦くてずっと忘れる事無く抱え続けている想いです。
そして西崎義展氏について語る時、絶対に行き着く人物が、漫画界における偉大なる天才、手塚治虫氏です。アニメ界においても多くの仕事と影響を残し、今も抱える問題を作ったと事実か誤認か背負わせ過ぎかは、分かりませんが、悪い印象で語られることもあります。
そしてもう一人、絶対に外してはいけない人物が松本零士氏です。氏も漫画界、アニメ界共に多くの仕事を残しました。宇宙戦艦ヤマトには絶対的な足跡があり、氏の仕事なしでは成しえない設定が多いため、途中からプロジェクトに参加した明らかな事実でありながらも、氏を著作権者であると信じ続ける人が多いのもまた事実です。
この3人に影響を受けた天才達が多くの仕事を残し、その仕事の影響を受けた天才達が更に多くの仕事を残し、これからも新たなる天才達が多くの影響を受け、多くの仕事を残していく。その営みが永遠に終わる事ないことを祈ります。
裁判では事実が確定している事ですが、私の考えでは八百屋の二階に集まった人達の誰一人欠けても生まれなかったかもしれないという意味で、権利者ではありませんが、皆著作者であったと思います。個人名は割愛しますが結果的に分断し争った多くの創作人を私は今も敬愛しています。
突然、個人的な極々小さな小さな話になりますが、私にとって2024年10月6日を自分の人生の分岐点にしようと決意しました。特別な日になります。

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